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さて、「CAMRの胎動-解題!実用理論辞典」シリーズの続きで、今回は生態学的測定法(その1)
まずは、論文を見てみましょう。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆
結局ここでの私の主張は、人の運動を要素に分けたりしないで、全体的に測定できないだろうかという点に集約される。つまり人の運動は変化するのだが、たとえば認知の問題で変化している間は、いくら筋力や関節可動域を測定しても、人の運動変化を説明することなどできない。また、仮に同時に筋力や可動域や認知、その他動機などを同時に評価できたところで、それからどのように総合的な評価を下すというのか?バラバラの評価から、1つの結果を予測できるのなら、誰も最初から苦労などしないのである。
前回の話を思い出していただきたい。片麻痺の父親は、最初壁と自転車で作られたすき間を見たときに、「わしはここを通れん。自転車を倒すじゃろう。」と言った。ところが、横歩きを試した後では、「通れるかもしれん」と言いだし、実際に通ってしまった。いっそのこと、「どのくらいの狭さまでなら通れると思う?」などと親父に聞いてみたら良かったのかもしれない。なぜならば「できる」「できない」の判断は、その人の身体的能力の認知や精神的な状態、環境との相互作用の結果だからである。最初に自転車と壁の間が80センチあったとする。運動戦略や身体認知の変化が起こって、「通れる」幅が50センチになったとすれば、より狭い場所での移動が可能になることを意味する。
それはさまざまな構成要素の相互作用の結果である。私たちはそれを追い続けることによって、その人の運動が全体としてどのように変化するかを理解できるのではないだろうか。ちょうどゲーテがプリズムをのぞいて色を理解したように、私たちは患者さんの判断を通して行動能力のレベルや運動変化を理解できないだろうか。
ただこのように単純に物理的な数値で表すと、他人との比較が難しくなる。たとえば40センチは一般的にいって狭いのだろうか、広いのだろうか?これには第一に体の大きさが関係していることが考えられる。体が大きければ通れる最小幅は当然大きい。じゃあ、体の大きさを基準にして、通れる幅がどうなのかを考えればよい。そうすれば以下に紹介するように、標準値らしいものが出てくるのである。
具体例を見てみよう。カエルは前方の植物の茎などのすき間が自身の頭部の幅の1.3倍以上ないと飛び出さない。スライドで壁にさまざまな高さのバーを写し、どの程度の高さまで手を使わずに登れるかを大学生に視覚的に判断させると、被験者の股下の長さ、0.88倍のところがぎりぎりだった。視覚だけを頼りに、手を使わずに座れる椅子の高さは脚長の0.9倍の高さの椅子であり、バーが「くぐれる」か「くぐれない」かをたずねると、脚長の1.07倍のところを境に答えは変わる。ここであげているのは体の大きさと視覚的情報との相互作用の結果、出てきている数値である。老人では全身の柔軟性の方が脚長よりも、「登れる最大の段の高さ」の基準として適切らしい。
このように身体の大きさ、柔軟性、能力を基にして、環境との相互作用の結果を表すための尺度を使った測定法を生態学的測定法と呼ぶ。下肢長の1.1倍とか、安静歩行時の心拍数の2倍である。これらの数値は体格や身長に関わりなく、比率自体は普遍性を持っているらしい。物理的な測定値も、身体やその機能を基にして尺度を考え直すことによって新たな視点が見えてくるが、それはまた次回の話。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆
基本的に僕たちは、以前取り上げた「還元主義」に基づく考え方の影響を大きく受けています。それはそれでいいのですが、もしも有益な別の考え方があるのなら、それも身に付けておいた方が有利で便利でしょう、と述べてきました。
前回までの「アフォーダンス」や今回取り上げた「生態学的測定法」は、「還元主義」とは異なるパラダイムに基づいたものです。どちらの考え方もとても大事なのですが、僕たちが新たに学ぶ必要があるのは圧倒的にニュートンの視点ではなく、ゲーテの視点だとも言いました。「アフォーダンス」や「生態学的測定法」は、それを学ぶよいきっかけになるのではないかと思います。
【引用・参考文献】
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その1).上田法治療研究会会報, No.18, p17-29, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その2).上田法治療研究会会報, No.19, p1-15, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その3).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.1, p12-31, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その4).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p76-94, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その5).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p120-135, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その6 最終回).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.3, p120-135, 1996.
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さて、「CAMRの胎動-解題!実用理論辞典」の続きです。
「これまでの物の見方、枠組みではアフォーダンスを理解することは難しい」ということでしたので、今回から「アフォーダンス」の項を一旦中断して、異なるパラダイムについて取り上げます。
まずは、従来的な物の見方である「還元主義」に焦点を当ててみましょう。
論文から引用してみます。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆
成人片麻痺患者の歩き方を理解してみよう。現在の臨床での普通のやり方は、まず歩行を良く観察することから始まる。そして一般的な歩行と比べて、どこがどう違うのかが記録される。そしてそのような違いがどうして生じたのかを考えていく訳だ。
手がかりとして、患側下肢の麻痺の程度が調べられる。連合反応や各反射の影響、平衡反応・立ち直り反応の消失のレベル、患肢の粗大筋力や健肢の筋力、関節可動域などが調べられる。さらに感覚や認知の検査が行われる。動機や意欲も評価されるかも知れない。
上に調べられた検査項目は、一枚一枚の紙に記され、カルテに挟まれる。熟練したセラピストがそのカルテをぱらぱらとめくると、どうしてその片麻痺患者がそのような歩行をするのかが、直感的にわかるらしい。もっとも学生や経験の浅いセラピストには難しい。私にも難しい。そこでこのやり方がさらに将来進歩したと考えてみよう。
このやり方のポイントは、歩行を構成する色々な要素に分け、そのそれぞれの要素がどのように振る舞っているかを明確にするところだ。たとえば滑らかな平地歩行で、ある患者さんの歩行には、体幹機能の低下が70%の影響力を持っている。患側下肢の麻痺が15%、健側下肢の筋力が10%、意欲その他が5%の影響力を持っている、といったことが明確になったとしよう。
仮に上のような割合が明らかになれば、患者さんの歩行を変化させるためには、体幹の機能を改善しなければ意味がなくなる。何しろこれが患者さんの歩行に70%の影響力を持っているのだから。最初に10%にすぎない健側下肢筋力などに働きかけようとは思うまい。体幹の安定性が得られないために、代償的に下肢の痙性による尖足を強めるなどと考察すれば、まず体幹の安定性こそが重要な課題となる。
このような考え方は還元主義と呼ばれる。たとえば片麻痺患者の歩行パターンなどは、それを構成する様々な要素からなる複雑な現象であり、これを理解するのは並大抵ではないと思われる。しかし、その複雑さは表面的なもので、より基本的で大きな影響力を持った要素、より重要な働きをする要素の振る舞いを理解できれば、その根元的な性質を理解できるとするような考え方である。上の例では、体幹の機能低下が最も重要な要素であり、それによって様々な歩行の性質(尖足、膝のロッキング、分回し歩行など)が説明できると考えるのである。つまり体幹機能に原因を還元(より根元的なものとして他の要らないものを切り捨てること)しているのである。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆
要するに、ある現象を理解する際、わかりやすくするために細かい要素にわけて分析していくという考え方ですね。
これは非常に有用で強力なアイデアです。実際に科学革命や産業革命は、還元主義に基づいて成し遂げられたと言われています。いわば、人類の飛躍的な発展を支えた大成功したアイデアです。
しかし、どんなに優れたアイデアでも万能とは限らない・・・、という点に注意しておいていただきたいと思います。
【引用・参考文献】
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その1).上田法治療研究会会報, No.18, p17-29, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その2).上田法治療研究会会報, No.19, p1-15, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その3).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.1, p12-31, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その4).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p76-94, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その5).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p120-135, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その6 最終回).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.3, p120-135, 1996.
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さて、「CAMRの胎動-解題!実用理論辞典」の続きです。
今回は「アフォーダンス(その3)」です。
まずは、論文を見てみましょう。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆
誤解してはいけないのは、アフォーダンスは観察者の要求や状況によって、対象物に与えられる性質ではない。物が本来持っている誰にでも与えられる公共性のある情報なのである。
たとえば、ある人にはむき身のカキは「気持ち悪いよ」と語りかけるかもしれない。だからといってカキの食べれるという物理的な性質が変わるわけではない。カキは誰に対しても多くの情報を提供する。しかし、その情報を見つけ取り上げるのは、受け手の能力や状態であったりする。
「だからどうした」という読者の声が聞こえそうだ。「まるっきりのたわごとではないか」と。まったくだ。今のところ、このアイデアは脳性運動障害を理解することをアフォードしそうにないではないか。少し具体例を出さなければ。
「還元主義(その1)※」のところで父親の例を出した。自転車と壁の間の隙間を通るところをもう一度考えてみよう。最初壁と自転車で作られた隙間を前に、父親は通り抜けれないと言い、横歩きの戦略が出た後では、「通れるかも知れない」と言っている。この変化をどう理解したらいいだろうか?
※「還元主義(その1)」の該当部位は以下の通りです。
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自転車と壁の間の細い通路を前にして、父親は「わしはここを通れん。自転車を倒すじゃろう。」と言った。私の返事は、「横向きに歩いたら?」だ。父親は少なくとも家に帰ってからは、横歩きの練習などしたことがない。父親は思案した上、健側・患側それぞれの方向への横歩きを試した。結局、「通れるかもしれんのう」と言い、健側方向への横歩きで通り抜けた。
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還元主義では、要素に分解していく。この場合は、認知という要素が変化したのかも知れない。さて認知はどのように変化したのか、どの程度変化したのか?認知の変化の程度はどの程度、「通れる」「通れない」という結果に反映されるだろうか?
これを明確にしようとするのが還元主義的アプローチであるにも関わらず、これを明確にできないのが現状である。また仮に明確にしたところで、状況が異なれば変化してしまう、ごく一時的で特殊な関係に過ぎないかもしれない。
水はどんなに見た目が変わろうともH2Oだが、認知と「通れる」「通れない」の間の関係など、あやふやでいくらでも変化しそうである。つまり他の場面で応用のできるような普遍的な関係ではない。ただし、少なくともこれまでの物の見方、枠組みでは難しいということだ。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆
アフォーダンスは公共性のある情報だということですが、これまでの物の見方、枠組みではアフォーダンスを理解することは難しい、とも述べられていますね。
何が難しいのかと言いますと、従来の物の見方とは異なるパラダイムを理解する必要があるからです。前回「ギブソンの主張はまるで、従来的な科学へ挑戦状を叩きつけているかのようですね」と書きましたが、それはまさしくギブソンが従来的な物とは異なるパラダイムを提唱しているからです。
この部分については、少し説明をしておかないと次へ進みにくいと思いますので、次回から一旦「アフォーダンス」を中断して取り上げていきます。
【引用・参考文献】
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その1).上田法治療研究会会報, No.18, p17-29, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その2).上田法治療研究会会報, No.19, p1-15, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その3).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.1, p12-31, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その4).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p76-94, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その5).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p120-135, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その6 最終回).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.3, p120-135, 1996.
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