問題解決能力の高いセラピストになろう☆リハビリ情報ランキング!

CAMR公式ブログ Camrer’s Cafe

ブログ&メルマガ開設!

CAMR公式のブログとメルマガがついに開設されました。登録特典付きの無料メルマガはおススメです!

CAMR公式    Facebookページ

■商品名

最新のCAMR情報を更新!

講習会のご案内や、CAMR研究会からのメッセージなど、CAMRの最新情報が最速で得られます!

CAMR公式    ホームページ

■商品名

CAMRのすべてがわかる!

基本概念から活動記録まで、CAMRをもっと知りたい方へ。関連論文やエッセイも多数掲載しています!

生態学的測定法(その1)

目安時間:約 7分

\(^▽^)/
アロハ~!
しあわせ探検家の晋作です!
ご機嫌いかがですか?



さて、「CAMRの胎動-解題!実用理論辞典」シリーズの続きで、今回は生態学的測定法(その1)
まずは、論文を見てみましょう。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 結局ここでの私の主張は、人の運動を要素に分けたりしないで、全体的に測定できないだろうかという点に集約される。つまり人の運動は変化するのだが、たとえば認知の問題で変化している間は、いくら筋力や関節可動域を測定しても、人の運動変化を説明することなどできない。また、仮に同時に筋力や可動域や認知、その他動機などを同時に評価できたところで、それからどのように総合的な評価を下すというのか?バラバラの評価から、1つの結果を予測できるのなら、誰も最初から苦労などしないのである。



 前回の話を思い出していただきたい。片麻痺の父親は、最初壁と自転車で作られたすき間を見たときに、「わしはここを通れん。自転車を倒すじゃろう。」と言った。ところが、横歩きを試した後では、「通れるかもしれん」と言いだし、実際に通ってしまった。いっそのこと、「どのくらいの狭さまでなら通れると思う?」などと親父に聞いてみたら良かったのかもしれない。なぜならば「できる」「できない」の判断は、その人の身体的能力の認知や精神的な状態、環境との相互作用の結果だからである。最初に自転車と壁の間が80センチあったとする。運動戦略や身体認知の変化が起こって、「通れる」幅が50センチになったとすれば、より狭い場所での移動が可能になることを意味する。



 それはさまざまな構成要素の相互作用の結果である。私たちはそれを追い続けることによって、その人の運動が全体としてどのように変化するかを理解できるのではないだろうか。ちょうどゲーテがプリズムをのぞいて色を理解したように、私たちは患者さんの判断を通して行動能力のレベルや運動変化を理解できないだろうか。



 ただこのように単純に物理的な数値で表すと、他人との比較が難しくなる。たとえば40センチは一般的にいって狭いのだろうか、広いのだろうか?これには第一に体の大きさが関係していることが考えられる。体が大きければ通れる最小幅は当然大きい。じゃあ、体の大きさを基準にして、通れる幅がどうなのかを考えればよい。そうすれば以下に紹介するように、標準値らしいものが出てくるのである。



 具体例を見てみよう。カエルは前方の植物の茎などのすき間が自身の頭部の幅の1.3倍以上ないと飛び出さない。スライドで壁にさまざまな高さのバーを写し、どの程度の高さまで手を使わずに登れるかを大学生に視覚的に判断させると、被験者の股下の長さ、0.88倍のところがぎりぎりだった。視覚だけを頼りに、手を使わずに座れる椅子の高さは脚長の0.9倍の高さの椅子であり、バーが「くぐれる」か「くぐれない」かをたずねると、脚長の1.07倍のところを境に答えは変わる。ここであげているのは体の大きさと視覚的情報との相互作用の結果、出てきている数値である。老人では全身の柔軟性の方が脚長よりも、「登れる最大の段の高さ」の基準として適切らしい。



 このように身体の大きさ、柔軟性、能力を基にして、環境との相互作用の結果を表すための尺度を使った測定法を生態学的測定法と呼ぶ。下肢長の1.1倍とか、安静歩行時の心拍数の2倍である。これらの数値は体格や身長に関わりなく、比率自体は普遍性を持っているらしい。物理的な測定値も、身体やその機能を基にして尺度を考え直すことによって新たな視点が見えてくるが、それはまた次回の話。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆



基本的に僕たちは、以前取り上げた「還元主義」に基づく考え方の影響を大きく受けています。それはそれでいいのですが、もしも有益な別の考え方があるのなら、それも身に付けておいた方が有利で便利でしょう、と述べてきました。



前回までの「アフォーダンス」や今回取り上げた「生態学的測定法」は、「還元主義」とは異なるパラダイムに基づいたものです。どちらの考え方もとても大事なのですが、僕たちが新たに学ぶ必要があるのは圧倒的にニュートンの視点ではなく、ゲーテの視点だとも言いました。「アフォーダンス」や「生態学的測定法」は、それを学ぶよいきっかけになるのではないかと思います。



【引用・参考文献】
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その1).上田法治療研究会会報, No.18, p17-29, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その2).上田法治療研究会会報, No.19, p1-15, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その3).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.1, p12-31, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その4).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p76-94, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その5).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p120-135, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その6 最終回).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.3, p120-135, 1996.



最後まで目を通していただき、ありがとうございます!
あなたにすべての良きことが雪崩のごとく起きます!



マハロ~!



p.s.ブログランキング参加中!ご協力ありがとうございます!!

にほんブログ村 病気ブログ 理学療法士・作業療法士へ

アフォーダンス(その6)

目安時間:約 8分

\(^▽^)/
アロハ~!
しあわせ探検家の晋作です!
ご機嫌いかがですか?



さて、「CAMRの胎動-解題!実用理論辞典」シリーズの続きで、今回はアフォーダンス(その6)です。
まずは、論文を見てみましょう。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆



生態学的測定法(その1)で述べた例を挙げておこう。『カエルは前方の植物の茎などのすき間が自身の頭部の幅の1.3倍以上ないと飛び出さない。スライドで壁にさまざまな高さのバーを写し、どの程度の高さまで手を使わずに登れるかを大学生に視覚的に判断させると、被験者の股下の長さ、0.88倍のところがぎりぎりだった。視覚だけを頼りに、手を使わずに座れる椅子の高さは脚長の0.9倍の高さの椅子であり、バーが「くぐれる」か「くぐれない」かをたずねると、脚長の1.07倍のところを境に答えは変わる。』



 これらの話は、アフォーダンスの持つ予測的性格を良く表している。つまり運動は実際に行われる前に、すでに予測的にどのような結末になるのかが行為者には大体わかっているのだ。身体から発している情報と環境からの情報、それらが課題を中心に相互作用を起こすと、その結果が予測的にわかってしまう。もっと端的に言えば「できる」とか「できない」といった「見込み」ができてしまう。



 「その1」で述べた壁と自転車の間を親父が通り抜けることを考えてみよう。最初、その隙間を見たときに、親父は「自転車を倒す」という見通し、すなわち成功裏に通り抜けられないという見通しをたてた。僕が「横向きに歩いたら」というアドバイスをした後で横歩きを少し練習させると、「通れるかもしれん」といった風に見通しは変化した。その見通しの変化は結局運動を生じさせ、その行為を成功裏に終わらせた。この場合、身体の発する情報が変化したのか、親父の思いこみが変化したのか知らないが、いずれにしても環境からの情報との相互作用を通じて、見込みが変化したと考えられる。見込みの変化は、実際に運動を変化させる。



 もう一つの例を挙げてみよう。自動車で大きな交差点を右折することを考えてみる。対向車線から来る直進車の隙間を見つけて右折を行うわけだが、この場合は心身の状態や対向車などに加えて、乗っている車からの情報もそれらと相互作用して一つの見通しが決まってくる。普段スポーツタイプの加速の良い車に乗っていて、たまに軽自動車に乗ったりすると、右折できる見通しの変化を実感できる。「いつも乗っている車なら、今の切れ目で右折できたのに・・・」と思ったりするのである。軽自動車の加速の悪さを実感して、無意識に見込みを変化させているのだ。ところがこの軽自動車にしばらく乗っていると、次第に見込みが変化してきて、ほんの少しの隙間でも「今だ!」といって右折できるようになってくる。最初は、危険性を考慮して少し甘めに見ていた見通しが、軽自動車に慣れるに従って、安全に右折できるぎりぎりの見通しへと変化していく。見込みの変化は運動や行動の変化につながってくる。



 結局アフォーダンスは、環境と心身の関わり方を決定するための「見込み」として考えられる。環境と心身の相互作用の結果、予測的な見込みを生み出す。さらにそれは運動を生じさせ、あらかじめ予見的に決定された結果へと運動を導く。もしアフォーダンスが我々にとって正確なものでなければ、課題を達成するために運動を起こせなかったり、甘い見通しをたてて危険な目にあったりするわけである。



 もう一つ、その見込みは運動の方法に関するものではない。運動の方法は、「自己組織化によって、その場で偶然に決定される」というのは、「運動学習(その3)」で述べた通り。実際の運動の方法(過程)はその場その場で偶然に決定されるので、予測不可能なのだが、その結果はアフォーダンスによってあらかじめわかっているのである*。すなわち、アフォーダンスによって運動は生じ、予測的に結果へと導かれる。ところが運動の方法や過程は、その場その場で自己組織化的に生じる



 たとえば「手に持った鉛筆で丸を描く」課題が与えられたとしよう。あなたにはできますか。そう、できるでしょう。「できる」という結果は分かっているのだ。しかし一回一回の書き方は変化する。腕の使い方や速度はその度に微妙に変化する。方法は一回毎にその場で偶然に組織化されているのだ。結果、書かれる丸は一回毎に変化する。しかしながら、丸を描くことができるという結末は、ほとんどの人にとってはあらかじめわかっているのである。そして日常生活の様々な動作の結末は、我々にはほぼ予測的に分かっているのである。



 それならば「ピーナツを一つ放り投げて、両手で耳を触り、『ヤッホー』と叫び、さらに口で受ける」という課題ならどうか。できないと見込みを立てる人も多いだろう。あるいはできると見込んだ人でも、失敗する確率は日常生活動作に比べるとはるかに高いだろう。新しい運動課題と出会うと、人は「できない」という見込みを立てたり、「できる」と判断したものの失敗する可能性が高くなるものなのである。つまり予測の確実性は低下する。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆



運動の結果というものは、行為者にとってあらかじめほぼわかっているわけですね。そして、その予測的な了解を参照して人の運動は組織化される。



それならば、その行為者の予測的な了解を知ることができたならば、セラピストにとってとても有益な情報になりそうですね。



【引用・参考文献】
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その1).上田法治療研究会会報, No.18, p17-29, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その2).上田法治療研究会会報, No.19, p1-15, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その3).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.1, p12-31, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その4).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p76-94, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その5).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p120-135, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その6 最終回).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.3, p120-135, 1996.



最後まで目を通していただき、ありがとうございます!
あなたにすべての良きことが雪崩のごとく起きます!



マハロ~!



p.s.ブログランキング参加中!ご協力ありがとうございます!!

にほんブログ村 病気ブログ 理学療法士・作業療法士へ

アフォーダンス(その5)

目安時間:約 7分

\(^▽^)/
アロハ~!
しあわせ探検家の晋作です!
ご機嫌いかがですか?



さて、「CAMRの胎動-解題!実用理論辞典」シリーズの続きで、今回はアフォーダンス(その5)です。
まずは、論文を見てみましょう。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆



私たちは「アフォーダンス理論」から何を学んできたのだろうか?まず「人の運動変化は環境に依存している」といった内容のことである。『依存する』とはどういうことか?それは「人は環境との相互作用の中で見いだす『意味』あるいは『価値』によって行動している」ということだ。つまり『意味』や『価値』によって運動を生じさせ、一瞬一瞬に変化させ、運動学習をし、長期的には運動を発達させる。逆に言えば『意味のない』あるいは『価値のない』ことは基本的に、人の運動に変化を起こさないし、学習もされない。



 訓練室でセラピストから教えられた運動パターンは、訓練室を出たとたんに消えてしまうケースは多い。なぜならその運動パターンは訓練室でしか意味を持たないからだ。それならば訓練室でやる訓練は無意味かと言えば、そうでもない。たとえば患者さんの痛みを弱めること、筋力を改善すること、関節可動域を改善すること、全身の持久力を改善することは患者さんの意味を見いだす能力を変化させるはずである。自分一人で立つのが精一杯だった人が、一人で10メートル歩けるようになったとする。これだけで環境に見いだされるアフォーダンスは随分変化するはずである。結果アフォーダンスの変化は新たに運動を変化させる。



 だがこの辺りは、従来の訓練法では元々視野に入っていない。従来の訓練法では、運動変化の原因をさまざまな構成要素に還元する。そしてその要素に働きかける。しかし、アフォーダンスに相当する視点が欠けていたのである。結果、運動変化の原因は、筋力だの関節可動域、あるいはセラピストのハンドリングなどに還元されてしまう。セラピストは運動変化が自律的に起きること、たとえば本当に生活に必要な運動変化が訓練室以外、つまり生活環境で起きていることを知らない。多くの患者さんは自分自身で、必要な運動変化を起こしていけるのだ。



 「運動を生じさせ、変化させ、学習させる意味」としてのアフォーダンスを運動変化の中心に据えることは、患者を自立した存在として扱うということだ。セラピストの仕事は、患者さんの意味を見いだす能力を変化させることだ。後は患者さん自身の環境で、患者さん自身にとって意味のある運動変化を、患者さん自身が生み出していく。我々セラピストは、運動変化のほんの「きっかけ」となっているに過ぎない。だが、我々セラピストだけが提供できる「きっかけ」がある。



 僕はもう少し、このアフォーダンスを意識した訓練体系を確立したい。たとえば運動変化は、セラピストのハンドリングや筋力増強訓練だけによって、あるいはそれを中心に起きているのではないのだということをはっきりさせたい。運動の変化は、セラピストによらずとも、もっと自律的に起きているのだ。つまりアフォーダンスを中心にして。「運動はアフォーダンスを変化させ、変化したアフォーダンスは運動を変化させる」といった辺りをうまく評価と訓練実施に結びつけたいと思っている。



 最後にもう一度まとめておく。「我々セラピストの仕事は、運動を直接変化させることではない。運動変化そのものは、アフォーダンスを中心に患者さんが行うのである。我々はそのアフォーダンス、「価値を見いだす能力」を変化させる。たとえば身体の物理的能力(筋力や関節可動域など)、動機付け、環境操作(装具や家屋改造)などの手段を用いることによってである。」



★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆



人の運動変化について考える際には、一時的な運動変化と持続的な運動変化と分けて考えた方がいいようですね。そういえば僕もまだ若くて経験も浅かった頃、講習会などに行くと、講師の先生がデモンストレーションをすると患者さんの姿勢がその場で目に見えて変わって、「おおぉ、すごい!」と思ったりしたものでした。



でも、結局これは一時的な変化にすぎないんですね。その後CAMRを学び経験を積んで、一時的な変化なんて、いとも簡単に生み出すことができることに気づきました。


もちろん、それはそれで使い道があるので悪い事ではありません。セラピスト自身が、その違いを理解していることが重要なのです。違いをわかったうえで意図的に一時的な変化を使ったり探索しているのなら良いのですが、この違いがわからずに、いつまでも一時的な変化だけを延々と繰り返しながら「粘り強く繰り返すことが大切です」などと耳障りが良くてもっともらしいことを言うしかないようではちょっと困りますね、ということです。


そして最後のほうで「アフォーダンスを意識した訓練体系を確立したい」と述べられていますが、これが少しずつ進化しながら後のCAMR構築につながっていきます。



【引用・参考文献】
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その1).上田法治療研究会会報, No.18, p17-29, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その2).上田法治療研究会会報, No.19, p1-15, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その3).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.1, p12-31, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その4).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p76-94, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その5).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p120-135, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その6 最終回).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.3, p120-135, 1996.



最後まで目を通していただき、ありがとうございます!
あなたにすべての良きことが雪崩のごとく起きます!



マハロ~!



p.s.ブログランキング参加中!ご協力ありがとうございます!!

にほんブログ村 病気ブログ 理学療法士・作業療法士へ

ページの先頭へ