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さて、「CAMRの胎動-解題!実用理論辞典」の続きです。
前回「還元主義」について紹介させていただきました。今回は、その続きです。
まずは、論文を見てみましょう。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「何だ、ごく当たり前のことを言ってるじゃないか」と思われる人もいるに違いない。経験豊かな臨床家ほど、障害に対しては還元主義的なアプローチを取りながらも、患者さんの顔色や意欲や生き甲斐のようなものを決して軽視しない。患者にとって重要な要素は、身体の問題、ましてやたった一つの要素だけではないことを知っているからだろう。そんな人にとってみれば、当たり前のことを言っているにすぎない。しかし、患者さんの意欲があろうがなかろうが、訓練室に来た途端、顔色も見ないでひたすら姿勢反応の促通をしたり、麻痺側下肢の筋緊張の異常にアプローチするセラピストも多い。
それでも還元主義的な方法は魅力的である。特に固定的な関係を持った現象を理解するためには、還元主義は都合がよい。たとえば水を理解するために、酸素と水素からなる分子構造に還元することができる。「なるほど、水は酸素と水素からできているのか」と思えば、なんだか水のことがわかったような気になるから不思議だ。逆に酸素と水素から水を作り出すことも可能にする。なんと有意義な理解の仕方であろうかと思えてくる。
それでも私たちが実際に知っている様々な水の性質、濡れる、滲みる、流れるなどといった実感とは随分かけ離れた理解の仕方だ。私たちは実際にはもっと違った方法で水を良く理解している。手を浸す、色々な器に入れてみる、浴びる、飲む、温度を変えてみる、など。
同様に脳性運動障害、たとえば歩行をその構成要素に分解することは有意義かも知れないが、構成要素に分ければ分けるほど人の運動の特徴は、私たちの実感からかけ離れてしまう。過緊張の分布や関節可動域、健側筋力を調べたからと言って、そのバラバラの情報から歩行の様子を想像することは難しい。
さらに、人の歩行の構成要素の振る舞いやその関係は水の構成要素ほど、一定した物ではない。常に変化し、捉えどころのない振る舞いであり、関係である。そんな複雑な関係をバラバラにして、より複雑な分析を行うなどナンセンスである。
ある現象が様々な構成要素の結果であると言うことはみんな知っている。しかしいくつの構成要素が関係していようと、でてくる結果は、結局一つなのだ。わざわざ構成要素に分解しなくても、その結果がどのような物かを理解する方法があるのではないだろうか?たとえば幼い子どもは、水が水素と酸素からできていることを知らないが、生きていくために水がどのような物かをちゃんと理解しているように。その理解のための方法の一つがアフォーダンス理論かも知れないと私は考えている。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆
要素に分けて分析することは確かに良い方法の一つではありますが、時にそれは僕たちの実感からかけ離れてしまうことがあるようです。
科学革命が起こる以前では、この世界とはまさに僕たちの目に見えている通りの物でした。しかし、顕微鏡や望遠鏡が発明されると、それまで見えなかったものまで見えるようになってしまいました。顕微鏡や望遠鏡を通して見る世界とは、それまで僕たちの目に見えていたものとはまったく別の、異世界とさえ思えるようなものを映し出すこともあります。
もちろんそれは素晴らしい事なのですが、その一方でもっと僕たちの実感を大切にするという立場も忘れないようにしたいものですね。
【引用・参考文献】
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その1).上田法治療研究会会報, No.18, p17-29, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その2).上田法治療研究会会報, No.19, p1-15, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その3).上田法治療研究会会報, Vol.8, No.1, p12-31, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その4).上田法治療研究会会報, Vol.8, No.2, p76-94, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その5).上田法治療研究会会報, Vol.8,
No.2, p120-135, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その6 最終回).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.3, p120-135, 1996.
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今回から「CAMRの胎動」というコーナーを設けました。
ここでは「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」の著者でCAMR研究会代表でもある西尾幸敏氏が、1995年から1996年にかけて上田法ジャーナルに連載投稿した論文「実用理論辞典-道具としての理論」を紹介していきます。
この論文はCAMR公式ホームページで全文閲覧できますので、興味を持たれた方は是非読んでみてください。
なぜこの論文を取り上げたかといいますと、読んでみてとても面白かったから、という極めて個人的な理由です。
いや、「面白かった」という表現は正しくないかもしれません。むしろ、「驚いた」といった方が近いかもしれません。
今から20年以上も前に、これほどの内容が書かれていたなんて!
本当に、いい意味でショッキングでした。
今現在と比べると、内容的には未熟で未完成な面もあるかもしれませんが、それを補って余りある魅力を持った論文です。
全体の構成は冒険的、革新的であり、その論点・論調は挑戦的、野心的でもあります。
そして何より驚いたのは、すでにCAMRの胎動が明らかに感じられるということです。実はCAMRは、20年以上も前からこの世に生を受けていたんですね。
さて、この論文では24項目にわたる理論の説明がなされていますが、その中で主だったものを紹介していきたいと思います。
まずは、論文の冒頭の部分を引用しておきます。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆
はじめに
普段は明るい親友のA君の元気がないとする。ふさぎ込んで口もきいてくれない。あなたはいくつかの理論、つまり現象を説明するためのアイデアを考えるだろう。酒の飲み過ぎか、彼女に振られたか、病気にでもなったか。あなたはこれらの理論に基づいて行動を起こすだろう。たとえば、近づいて臭いを確かめる。酒臭くなければ、彼の女友達に電話して事情を聞くかも知れない。特に問題がなければ、あなたは病気を疑い、彼を病院につれていこうとするだろう。
理論は、「自然現象や社会現象がどうして起きるのかを説明するための抽象的なアイデア」である。私たちはそれを基に解決手段を導き出すことができる。つまり、理論は問題解決の道具と考えることができる。
臨床家にとっては、理論を道具とみなすことは都合がよい。理論の真偽を気にしなくて済むからだ。ある現象を説明するために二つの理論が存在するとする。しかし道具として考えるならば、どちらの理論が真実に近いとか考える必要はない。道具であれば用途によって、向き不向きがあるのが当然である。スープを飲むならスプーンが良いし、肉を食べるならフォークがよい。つまり真実に近いあるいは近くないなどと思い悩まなくて済む。単に使い方の問題と考えれば良い。
結局どのような旧式の理論でも、うまく使える場面があるはずだ。逆にどのような優れた理論にも限界がある。道具としてうまく使うためには、使用目的と向き不向き、使い勝手を十分理解しておく必要がある。この実用理論事典の目的は、臨床でまだ十分に道具として利用されていないアイデアを、臨床家が徹底的に道具として使用できるよう紹介することである。そうして、それを基に新しい評価法や訓練法のアウトラインを創り出していこうと思う。そのために、紹介されるアイデアは長所と限界が徹底的に追及されていくだろう。
はっきりさせておきたいのは、私の立場である。ここで紹介される視点や理解の仕方は、あくまでも私自身のものである。つまり一理学療法士の、そして学問的には素人の意見だ。しかも私自身はどちらかというと、自分のお気に入りの道具なら、誰彼構わず勧めてしまう人間である。セールスマンに近いのかもしれない。「どうぞお使いになってみてください。決して損はさせません。」と言うわけである。もっと学問的なものを望まれる人は、最後に挙げた文献を参考にして欲しい。
事典の最初の項目は、「アフォーダンス」から始まる。上田先生からの勧めでもあり、また私自身にとって、現在最もお気に入りの道具の一つである。普通の事典と違って、項目はあいうえおの語順に並べられたりしない。また、同じ項目が何度も繰り返しでてくる。一見すると無秩序に見えるが、ある秩序に従って書き進めてみるつもりである。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆
【引用文献】
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その1).上田法治療研究会会報, No.18, p17-29, 1995.
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