生態学的測定法(その1)

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さて、「CAMRの胎動-解題!実用理論辞典」シリーズの続きで、今回は生態学的測定法(その1)
まずは、論文を見てみましょう。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 結局ここでの私の主張は、人の運動を要素に分けたりしないで、全体的に測定できないだろうかという点に集約される。つまり人の運動は変化するのだが、たとえば認知の問題で変化している間は、いくら筋力や関節可動域を測定しても、人の運動変化を説明することなどできない。また、仮に同時に筋力や可動域や認知、その他動機などを同時に評価できたところで、それからどのように総合的な評価を下すというのか?バラバラの評価から、1つの結果を予測できるのなら、誰も最初から苦労などしないのである。



 前回の話を思い出していただきたい。片麻痺の父親は、最初壁と自転車で作られたすき間を見たときに、「わしはここを通れん。自転車を倒すじゃろう。」と言った。ところが、横歩きを試した後では、「通れるかもしれん」と言いだし、実際に通ってしまった。いっそのこと、「どのくらいの狭さまでなら通れると思う?」などと親父に聞いてみたら良かったのかもしれない。なぜならば「できる」「できない」の判断は、その人の身体的能力の認知や精神的な状態、環境との相互作用の結果だからである。最初に自転車と壁の間が80センチあったとする。運動戦略や身体認知の変化が起こって、「通れる」幅が50センチになったとすれば、より狭い場所での移動が可能になることを意味する。



 それはさまざまな構成要素の相互作用の結果である。私たちはそれを追い続けることによって、その人の運動が全体としてどのように変化するかを理解できるのではないだろうか。ちょうどゲーテがプリズムをのぞいて色を理解したように、私たちは患者さんの判断を通して行動能力のレベルや運動変化を理解できないだろうか。



 ただこのように単純に物理的な数値で表すと、他人との比較が難しくなる。たとえば40センチは一般的にいって狭いのだろうか、広いのだろうか?これには第一に体の大きさが関係していることが考えられる。体が大きければ通れる最小幅は当然大きい。じゃあ、体の大きさを基準にして、通れる幅がどうなのかを考えればよい。そうすれば以下に紹介するように、標準値らしいものが出てくるのである。



 具体例を見てみよう。カエルは前方の植物の茎などのすき間が自身の頭部の幅の1.3倍以上ないと飛び出さない。スライドで壁にさまざまな高さのバーを写し、どの程度の高さまで手を使わずに登れるかを大学生に視覚的に判断させると、被験者の股下の長さ、0.88倍のところがぎりぎりだった。視覚だけを頼りに、手を使わずに座れる椅子の高さは脚長の0.9倍の高さの椅子であり、バーが「くぐれる」か「くぐれない」かをたずねると、脚長の1.07倍のところを境に答えは変わる。ここであげているのは体の大きさと視覚的情報との相互作用の結果、出てきている数値である。老人では全身の柔軟性の方が脚長よりも、「登れる最大の段の高さ」の基準として適切らしい。



 このように身体の大きさ、柔軟性、能力を基にして、環境との相互作用の結果を表すための尺度を使った測定法を生態学的測定法と呼ぶ。下肢長の1.1倍とか、安静歩行時の心拍数の2倍である。これらの数値は体格や身長に関わりなく、比率自体は普遍性を持っているらしい。物理的な測定値も、身体やその機能を基にして尺度を考え直すことによって新たな視点が見えてくるが、それはまた次回の話。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆



基本的に僕たちは、以前取り上げた「還元主義」に基づく考え方の影響を大きく受けています。それはそれでいいのですが、もしも有益な別の考え方があるのなら、それも身に付けておいた方が有利で便利でしょう、と述べてきました。



前回までの「アフォーダンス」や今回取り上げた「生態学的測定法」は、「還元主義」とは異なるパラダイムに基づいたものです。どちらの考え方もとても大事なのですが、僕たちが新たに学ぶ必要があるのは圧倒的にニュートンの視点ではなく、ゲーテの視点だとも言いました。「アフォーダンス」や「生態学的測定法」は、それを学ぶよいきっかけになるのではないかと思います。



【引用・参考文献】
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その1).上田法治療研究会会報, No.18, p17-29, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その2).上田法治療研究会会報, No.19, p1-15, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その3).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.1, p12-31, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その4).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p76-94, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その5).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p120-135, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その6 最終回).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.3, p120-135, 1996.



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還元主義(その4)

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さて、「CAMRの胎動-解題!実用理論辞典」シリーズ、「還元主義」の続きです。
まずは、論文を見てみましょう。
 
★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆
 
これまで私たちが使っている評価というものは還元主義的なものだった。片麻痺患者の運動を理解するために、筋力や関節可動域や麻痺の程度、認知能力など運動の構成要素と考えられるものを調べ、それぞれの状態から全体の運動の振る舞いを理解しようとする。それはそれなりに重要なのだが、しかしながら人の体をたくさんの要素に分解して、私たちは満足のいく答えを得られるのだろうか、というのは前回言ったとおり。
 
「水を理解する」というところを思い出していただきたい。水を理解するために、水を水分子や水素や酸素の分子や原子に分解してそれぞれの振る舞いを理解するというのが還元的な見方である。もう一つは、水を私たちの五感で理解するというものだ。さて、この二つの見方に関しておもしろい例がある。
 
ゲーテとニュートンの『色の性質に関する主張』がそれである。二人とも光についての研究をしたのだが、それぞれに使った方法が違った。ニュートンはプリズムを通した光を白い面に写して観察した。こうすると光は虹色に分かれ、彼はそれぞれの色こそ、集まって白色光を構成する基本的な成分に違いないと考えた。またその違いは周波数の違いによって生じると考えた。物理学者によると赤という色は1メートルの620億分の1から800億分の1の波長で射す光のことらしい。
 
一方ゲーテの方もプリズムを使ったが、彼はプリズムを目に当てて光を直接自分の目で見るという方法をとった。するとどうだろう、澄んだ青空やきれいな紙の表面をみても何の変化も起きなかったのである。ところが紙の上に一点の汚れがあったり、青空に1つの雲があったりすると、突然さまざまな色が見え始める。こうしてゲーテは、色を生み出すのは「光と影の交換作用」であると結論する。
 
二人のアプローチもまたその結果も大きく違う。ニュートンは、色を物理学の枠組みでとらえた。彼は白色光がさまざまな色の光によって構成されると考えた。赤という色は、私たちの存在に関わりなく物理的に存在するらしい。一方、ゲーテは色を知覚の問題としてとらえた。色というのは人が知覚して初めて意味がある。ニュートンは還元主義であり、ゲーテは反還元主義あるいは全体論的である。多くの人はニュートンの方法の方が科学的だという印象を受けるだろう。事実ニュートンの方法は科学として認められ、ゲーテの方法は歴史の表舞台から消えてしまった。
 
しかし、ゲーテの方法の意味を考えてみよう。彼は色を人の存在あってのものと考えていたようだ。色を単に物理学の枠組みでとらえると、人間の感覚とは全く関係なく赤い色が存在するような気がするが、それは私たちにとって意味があるのだろうか?むしろ、私たち誰もが赤を赤と感じるという知覚を理解することが、私たちにとって意味のあることではないだろうか?荒涼とした無人の惑星のことを考えてみよう。その惑星には物理学的にさまざまな色が満ちあふれているかもしれない。しかしそれがどうしたというのだろう。色に対する興味などは私たちが存在して初めて意味のあることである。物理学の世界では、人と光が互いに切り放すことができないという点は無視されている。
 
このように現実の世界を、二つの視点から眺めることができる。1つは生態学的な視点である。生態学的な視点で語られるのは環境と動物の相互作用だ。動物と環境は切り放して考えることができない。動物は環境なくして生きていくことはできないし、環境とは生命体を含んだ世界である。つまり生命が存在しない世界は環境とはいえない。動物は環境の知覚者である。物理的な世界、すなわち原子や分子の存在や振る舞いを知覚しているわけではない。
 
もう一つは物理学的な視点である。これは原子よりもっと小さな世界から、銀河系を含む全宇宙までのすべてを包含している。物理学的な世界では、動物は複雑な運動をする「もの」として扱われる。現在の運動学や階層型のコントロール理論はそのような視点から人の運動を理解しようとする傾向がある。物理学的な視点はそれなりに非常に重要である。しかし基本的に人の運動を理解するためには、物理学的な視点は適していない。「環境を認知し環境内で行動する動物」としての人という視点を忘れては、人の運動など理解しえない。人を物として扱い、物理的な運動の側面のみを記述したところでいったい何の意味があるのだろうか。
 
★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆
 
ニュートンとゲーテの光についての視点の違いは、とても興味深いですね。
 
現在ではもちろんニュートン的光観が主流です。例えば同じ色でも背景の色によって違う色に見えたりしますが、ニュートン的光観では、波長や周波数が同じなら「同じ色」だと判断します。従って、たとえ違う色に見えてもそれは間違って見ている、すなわち「錯覚」であると断言するわけです。
 
一方ゲーテ的光観では、違う色に見えているというその人の主観を大切にしています。
 
どちらが正しいのか、と問うことにはあまり意味がありません。理論とは、諸々の現象を説明するための道具にすぎないので、状況に応じて使い分ければ良いわけです。カレーを食べる時にはスプーンを使い、パスタを食べる時にはフォークを使うように。
 
それでは人の運動について考える時には、どちらの視点のほうが重要なのでしょうか?
 
「どちらが重要か?」と問われれば、どちらも重要だと答えます。しかし、「どちらをより学ぶ必要があるか?」と問われれば、迷わずゲーテの視点だと答えます。なぜなら、僕たちはすでにニュートンの視点に基づいて教育されているからです。ニュートンの視点はすでに身につけているので、新たに学ぶ必要があるのは圧倒的にゲーテの視点なのです。
 
一つの視点しか持たない場合より、二つの視点を状況に応じて使い分けることが出来た方が、より問題解決能力が高まることは容易に想像できるでしょう。さらに、ニュートンの視点を「客観」、ゲーテの視点を「主観」と置き換えると、人の感情や行動のトリガーとしてより大きな影響力を持つのは、間違いなく「主観」なのですから、これを学ばない手はありません。
 
 
【引用・参考文献】
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その1).上田法治療研究会会報, No.18, p17-29, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その2).上田法治療研究会会報, No.19, p1-15, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その3).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.1, p12-31,

1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その4).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p76-94,

1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その5).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p120-135,

1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その6 最終回).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.3,

p120-135, 1996.
 
 
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還元主義(その3)

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さて、「CAMRの胎動-解題!実用理論辞典」の続きです。
前回「還元主義」について紹介させていただきました。今回は、その続きです。
まずは、論文を見てみましょう。
 
★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆
 
「何だ、ごく当たり前のことを言ってるじゃないか」と思われる人もいるに違いない。経験豊かな臨床家ほど、障害に対しては還元主義的なアプローチを取りながらも、患者さんの顔色や意欲や生き甲斐のようなものを決して軽視しない。患者にとって重要な要素は、身体の問題、ましてやたった一つの要素だけではないことを知っているからだろう。そんな人にとってみれば、当たり前のことを言っているにすぎない。しかし、患者さんの意欲があろうがなかろうが、訓練室に来た途端、顔色も見ないでひたすら姿勢反応の促通をしたり、麻痺側下肢の筋緊張の異常にアプローチするセラピストも多い。
 
それでも還元主義的な方法は魅力的である。特に固定的な関係を持った現象を理解するためには、還元主義は都合がよい。たとえば水を理解するために、酸素と水素からなる分子構造に還元することができる。「なるほど、水は酸素と水素からできているのか」と思えば、なんだか水のことがわかったような気になるから不思議だ。逆に酸素と水素から水を作り出すことも可能にする。なんと有意義な理解の仕方であろうかと思えてくる。
 
それでも私たちが実際に知っている様々な水の性質、濡れる、滲みる、流れるなどといった実感とは随分かけ離れた理解の仕方だ。私たちは実際にはもっと違った方法で水を良く理解している。手を浸す、色々な器に入れてみる、浴びる、飲む、温度を変えてみる、など。
 
同様に脳性運動障害、たとえば歩行をその構成要素に分解することは有意義かも知れないが、構成要素に分ければ分けるほど人の運動の特徴は、私たちの実感からかけ離れてしまう。過緊張の分布や関節可動域、健側筋力を調べたからと言って、そのバラバラの情報から歩行の様子を想像することは難しい。
 
さらに、人の歩行の構成要素の振る舞いやその関係は水の構成要素ほど、一定した物ではない。常に変化し、捉えどころのない振る舞いであり、関係である。そんな複雑な関係をバラバラにして、より複雑な分析を行うなどナンセンスである。
 
ある現象が様々な構成要素の結果であると言うことはみんな知っている。しかしいくつの構成要素が関係していようと、でてくる結果は、結局一つなのだ。わざわざ構成要素に分解しなくても、その結果がどのような物かを理解する方法があるのではないだろうか?たとえば幼い子どもは、水が水素と酸素からできていることを知らないが、生きていくために水がどのような物かをちゃんと理解しているように。その理解のための方法の一つがアフォーダンス理論かも知れないと私は考えている。
 
★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆
 
要素に分けて分析することは確かに良い方法の一つではありますが、時にそれは僕たちの実感からかけ離れてしまうことがあるようです。
 
科学革命が起こる以前では、この世界とはまさに僕たちの目に見えている通りの物でした。しかし、顕微鏡や望遠鏡が発明されると、それまで見えなかったものまで見えるようになってしまいました。顕微鏡や望遠鏡を通して見る世界とは、それまで僕たちの目に見えていたものとはまったく別の、異世界とさえ思えるようなものを映し出すこともあります。
 
もちろんそれは素晴らしい事なのですが、その一方でもっと僕たちの実感を大切にするという立場も忘れないようにしたいものですね。
 
 
【引用・参考文献】
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その1).上田法治療研究会会報, No.18, p17-29, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その2).上田法治療研究会会報, No.19, p1-15, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その3).上田法治療研究会会報, Vol.8, No.1, p12-31, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その4).上田法治療研究会会報, Vol.8, No.2, p76-94, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その5).上田法治療研究会会報, Vol.8,
No.2, p120-135, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その6 最終回).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.3, p120-135, 1996.
 
 
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還元主義(その2)

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さて、「CAMRの胎動-解題!実用理論辞典」の続きです。
前回「還元主義」について紹介させていただきました。今回は、その続きです。
まずは、論文を見てみましょう。
 
★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆
 
この考え方は、比較的原因のはっきりしている疾患では有効である。たとえば下腿骨折後に長期間ギプス固定をしている患者さんの問題点なら、私たちは比較的簡単に挙げることができる。つまり筋力低下と関節可動域低下である。もちろん意欲や痛みも大事な要素だが、多くの場合は筋力と関節可動域の改善によって患者さんの運動を改善することができる。一般にはこの二つに原因を還元することによって、私たちは分析に時間やエネルギーを使うことなく短時間に患者の問題を改善できるわけだ。
 
長い間、脳性運動障害においても還元主義が支配的であった。脳性運動障害の原因は、様々なものに還元されてきた。筋緊張の異常や姿勢反射の異常、相反性メカニズムの異常などだ。ボバース法はまさにこの3つの要素に原因を還元してきたと思われる。上田法は一面では、過緊張に原因を還元してきたように思う。
 
この還元主義に対する反論は以下のようなものである。世の中の多くの現象は、様々な要素からなり、その相互作用の結果である。たった一つのあるいは少数の原因に還元しきれるものではない。ある原因に還元している中では、切り捨てられてしまう大事な要素があるのだ、と。また複雑なシステムでは、ある現象を決定するような重要な要因は、場面場面で変わってくることがある。Aという場面ではBという要因が、Cという場面ではDという要因が決定的な役割を演じるかもしれない。
 
先の歩行の例を考えてみよう。体幹機能の低下がもっとも重要な役割を演じていると考えられるなら、セラピストは自然にその点に集中する。こうしてはからずも、他の部分は切り捨てられてしまう可能性が高い。一見すると重要な要素に集中しているようだし、問題もないと思われるが、状況が変われば全体のイメージも大きく変化してくるのである。そのような例を以下に挙げてみよう。
 
私の父親は片麻痺である。彼の歩行を決定する要因はしばしば変化する。家の前には急な坂道があり、退院以来そこを歩いたことがない。「自分には急すぎる。」というのだ。さて私はPTでありながら、家庭内で訓練などしたことがない。しかしあまり母親がうるさく言うので、私は訓練をすることになった。父親はよほど嬉しかったらしく、随分一生懸命に動いた。私の指示通り、「やってみよう」と言い、その急な坂道を降りて登った。
 
まだある。自転車と壁の間の細い通路を前にして、父親は「わしはここを通れん。自転車を倒すじゃろう。」と言った。私の返事は、「横向きに歩いたら?」だ。父親は少なくとも家に帰ってからは、横歩きの練習などしたことがない。父親は思案した上、健側・患側それぞれの方向への横歩きを試した。結局、「通れるかもしれんのう」と言い、健側方向への横歩きで通り抜けた。
 
つまりこれらの例が示しているのは、歩行に大きな影響を与える決定要因は、場面場面で変化するということだ。急な坂道では意欲が、狭い通路では、どのように体を使うかという運動戦略が重要な決定因となったことが考えられる。麻痺の程度や健側の筋力は変化していないからだ。ある場面で、最も重要な構成要素が決定されても他の場面では違う構成要素が重要な働きをするかも知れない。
 
★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆
 
還元主義は、比較的原因がはっきりしている場合には非常に効率的で効果的なことを述べたうえで、その弱点にも言及しています。
 
世の中の複雑な現象は必ずしも少数の原因に還元しきれるものではない、ということと、仮に原因らしき要素を絞れたとしても、状況に応じて重要な役割を果たす要素が変化する可能性が指摘されています。
 
この辺りは、とても的を得た指摘のように思えるのですが、いかがでしょうか?
 
もうしばらく、著者の主張に耳を傾けてみましょう。
 
【引用・参考文献】
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その1).上田法治療研究会会報, No.18, p17-29, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その2).上田法治療研究会会報, No.19, p1-15, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その3).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.1, p12-31, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その4).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p76-94, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その5).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p120-135, 1996.
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還元主義(その1)

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さて、「CAMRの胎動-解題!実用理論辞典」の続きです。
「これまでの物の見方、枠組みではアフォーダンスを理解することは難しい」ということでしたので、今回から「アフォーダンス」の項を一旦中断して、異なるパラダイムについて取り上げます。
 
まずは、従来的な物の見方である「還元主義」に焦点を当ててみましょう。
論文から引用してみます。
 
★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆
 
成人片麻痺患者の歩き方を理解してみよう。現在の臨床での普通のやり方は、まず歩行を良く観察することから始まる。そして一般的な歩行と比べて、どこがどう違うのかが記録される。そしてそのような違いがどうして生じたのかを考えていく訳だ。
 
手がかりとして、患側下肢の麻痺の程度が調べられる。連合反応や各反射の影響、平衡反応・立ち直り反応の消失のレベル、患肢の粗大筋力や健肢の筋力、関節可動域などが調べられる。さらに感覚や認知の検査が行われる。動機や意欲も評価されるかも知れない。
 
上に調べられた検査項目は、一枚一枚の紙に記され、カルテに挟まれる。熟練したセラピストがそのカルテをぱらぱらとめくると、どうしてその片麻痺患者がそのような歩行をするのかが、直感的にわかるらしい。もっとも学生や経験の浅いセラピストには難しい。私にも難しい。そこでこのやり方がさらに将来進歩したと考えてみよう。
 
このやり方のポイントは、歩行を構成する色々な要素に分け、そのそれぞれの要素がどのように振る舞っているかを明確にするところだ。たとえば滑らかな平地歩行で、ある患者さんの歩行には、体幹機能の低下が70%の影響力を持っている。患側下肢の麻痺が15%、健側下肢の筋力が10%、意欲その他が5%の影響力を持っている、といったことが明確になったとしよう。
 
仮に上のような割合が明らかになれば、患者さんの歩行を変化させるためには、体幹の機能を改善しなければ意味がなくなる。何しろこれが患者さんの歩行に70%の影響力を持っているのだから。最初に10%にすぎない健側下肢筋力などに働きかけようとは思うまい。体幹の安定性が得られないために、代償的に下肢の痙性による尖足を強めるなどと考察すれば、まず体幹の安定性こそが重要な課題となる。
 
このような考え方は還元主義と呼ばれる。たとえば片麻痺患者の歩行パターンなどは、それを構成する様々な要素からなる複雑な現象であり、これを理解するのは並大抵ではないと思われる。しかし、その複雑さは表面的なもので、より基本的で大きな影響力を持った要素、より重要な働きをする要素の振る舞いを理解できれば、その根元的な性質を理解できるとするような考え方である。上の例では、体幹の機能低下が最も重要な要素であり、それによって様々な歩行の性質(尖足、膝のロッキング、分回し歩行など)が説明できると考えるのである。つまり体幹機能に原因を還元(より根元的なものとして他の要らないものを切り捨てること)しているのである。
 
★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆
 
要するに、ある現象を理解する際、わかりやすくするために細かい要素にわけて分析していくという考え方ですね。
 
これは非常に有用で強力なアイデアです。実際に科学革命や産業革命は、還元主義に基づいて成し遂げられたと言われています。いわば、人類の飛躍的な発展を支えた大成功したアイデアです。
 
しかし、どんなに優れたアイデアでも万能とは限らない・・・、という点に注意しておいていただきたいと思います。
 
【引用・参考文献】
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その1).上田法治療研究会会報, No.18, p17-29, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その2).上田法治療研究会会報, No.19, p1-15, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その3).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.1, p12-31, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その4).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p76-94, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その5).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p120-135, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その6 最終回).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.3, p120-135, 1996.

 
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アフォーダンス(その3)

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さて、「CAMRの胎動-解題!実用理論辞典」の続きです。
今回は「アフォーダンス(その3)」です。
まずは、論文を見てみましょう。
 
★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆
 
誤解してはいけないのは、アフォーダンスは観察者の要求や状況によって、対象物に与えられる性質ではない。物が本来持っている誰にでも与えられる公共性のある情報なのである。
 
たとえば、ある人にはむき身のカキは「気持ち悪いよ」と語りかけるかもしれない。だからといってカキの食べれるという物理的な性質が変わるわけではない。カキは誰に対しても多くの情報を提供する。しかし、その情報を見つけ取り上げるのは、受け手の能力や状態であったりする。
 
「だからどうした」という読者の声が聞こえそうだ。「まるっきりのたわごとではないか」と。まったくだ。今のところ、このアイデアは脳性運動障害を理解することをアフォードしそうにないではないか。少し具体例を出さなければ。
 
「還元主義(その1)※」のところで父親の例を出した。自転車と壁の間の隙間を通るところをもう一度考えてみよう。最初壁と自転車で作られた隙間を前に、父親は通り抜けれないと言い、横歩きの戦略が出た後では、「通れるかも知れない」と言っている。この変化をどう理解したらいいだろうか?
 
※「還元主義(その1)」の該当部位は以下の通りです。
////////////////////////////////////////////////////////
自転車と壁の間の細い通路を前にして、父親は「わしはここを通れん。自転車を倒すじゃろう。」と言った。私の返事は、「横向きに歩いたら?」だ。父親は少なくとも家に帰ってからは、横歩きの練習などしたことがない。父親は思案した上、健側・患側それぞれの方向への横歩きを試した。結局、「通れるかもしれんのう」と言い、健側方向への横歩きで通り抜けた。
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還元主義では、要素に分解していく。この場合は、認知という要素が変化したのかも知れない。さて認知はどのように変化したのか、どの程度変化したのか?認知の変化の程度はどの程度、「通れる」「通れない」という結果に反映されるだろうか?
 
これを明確にしようとするのが還元主義的アプローチであるにも関わらず、これを明確にできないのが現状である。また仮に明確にしたところで、状況が異なれば変化してしまう、ごく一時的で特殊な関係に過ぎないかもしれない。
 
水はどんなに見た目が変わろうともH2Oだが、認知と「通れる」「通れない」の間の関係など、あやふやでいくらでも変化しそうである。つまり他の場面で応用のできるような普遍的な関係ではない。ただし、少なくともこれまでの物の見方、枠組みでは難しいということだ。
 
★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆
 
アフォーダンスは公共性のある情報だということですが、これまでの物の見方、枠組みではアフォーダンスを理解することは難しい、とも述べられていますね。
 
何が難しいのかと言いますと、従来の物の見方とは異なるパラダイムを理解する必要があるからです。前回「ギブソンの主張はまるで、従来的な科学へ挑戦状を叩きつけているかのようですね」と書きましたが、それはまさしくギブソンが従来的な物とは異なるパラダイムを提唱しているからです。
 
この部分については、少し説明をしておかないと次へ進みにくいと思いますので、次回から一旦「アフォーダンス」を中断して取り上げていきます。
 
【引用・参考文献】
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その1).上田法治療研究会会報, No.18, p17-29, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その2).上田法治療研究会会報, No.19, p1-15, 1995.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その3).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.1, p12-31, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その4).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p76-94, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その5).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.2, p120-135, 1996.
西尾幸敏:実用理論事典-道具としての理論(その6 最終回).上田法治療研究会会報, Vol.8 No.3, p120-135, 1996.
 
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マハロ~!
 
 
 
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